延命治療の意義とは何なのか。死ぬことが許されない世界

お医者様が治療を勧めるのにはおそらく理由があります。
その治療を行えば長く生きられるということです。

しかし、その後の状態が「健康」なのかどうかはその人の状態によると思います。

Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity

Constitution of the World Health Organization(WHO憲章)より

健康とは、WHOの定義によれば、単に病気でないという状態ということではなく肉体的・精神的・社会的に満たされた状態。

高血圧の薬を飲んでいるからといって「健康でない」というわけではなく、充実した人生をエンジョイされている方は沢山いらっしゃるでしょう。逆に、何の薬も飲んでいないけれど今にも儚くなりそうな方も山ほどいらっしゃるでしょう。

その一方で、お医者様には「国に対する」法律で決められた義務があります。

診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。

医師法 第 19 条第1項

この義務というのは、「患者に対して」負う義務ではなく、「国に対して」負う義務だとごく最近明示されたようです。

医師法第 19 条第1項及び歯科医師法第 19 条第1項に規定する応招義務は、医師又は歯科医師が国に対して負担する公法上の義務であり、医師又は歯科医師の患者に対する私法上の義務ではないこと。

令和元年12月25日医発第1225号厚生労働省医務局長通知「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について

働き方改革が叫ばれる一方で、お医者様は慢性的な長時間労働。
あまりにも高齢者が増加し治療を要する人が増え、お医者様の過酷な長時間労働が問題になってきたのでしょう。

医師法の制定は1948年で、まだ戦後間もない、第一次ベビーブーム真っ只中。
法律ができた当初は、こんなに老人が増える世界がやってくるなんて、きっと思ってもみなかったのでしょうね。

いくら公法上の義務だと示されたとはいえ、
過去の民事訴訟や責任問題の経緯から、治療の導入拒否や治療の終了についてはまだまだ慎重な姿勢が求められているようです。

いやでもねぇ…

もう「命はそれ自体ありがたくて、延命すればするほど良いことだ」とする半ば強制的な風潮には、私個人としては甚だ疑問を抱いています。

もし自分が認知症ではなく、完全な意思決定ができるのであれば、それは当然自分の意思で決める必要があります。自分の命・身体に関することですから、人がどうこうではなく自分がどのように生きどのように死にたいか自分で選べるわけです。

意思が公的に残り自動的にそのとおりに、なければ法律が決めた通りに執り行う制度があればいいのに。

例えば、自筆遺言証書の保管制度みたいに、リビングウィルを自分で勝手に記して勝手に保管してくれる制度。
まぁ、保管制度自体もわざわざ法務局に行かないといけないんで、かなり面倒くさいです。

いっそのこと、電子政府でマイナンバーでリビングウィルを残せる制度が欲しい。確定申告みたいに。
主な延命治療が様式に記載されていたりなんかして。
むしろ一定年齢以上は、届け出を義務化してほしいくらい。年金の裁定請求と同じ届出書に記載がある、とか。

これも年金は厚生労働省、意思関係は法務局、などといった縦割りで永遠に実現しないんでしょうけど。

本人の意思を推察すると~なんて、

Aさん

私はもう沢山戴きましたから

Bさん

いやいや、そんな遠慮なさらず。沢山召し上がっていただきたいんです

Aさん

あら、そう?そんなにおっしゃるんだったら、せっかくだから…

Bさん

やっぱりAさんは召し上がりたかったんだわ!
本当はお帰りいただきたかったんだけど…

Aさん

あら、私が積極的に食べたいわけじゃないのよ?
Bさんに勧められたから…


みたいな、意味不明なやりとりの一環にすぎないように感じます。
そこまで生きたくもなかった人に、生を押し付けていそう。しかも、半ば意識的に。
上記の例でいうと、BさんはAさんに食べさせないと、罰金を食らうからとか刑務所行きになっちゃうから、とか。

単純に長さが延びたとしても、健康であるとは限らないのに。

死ぬことが許されない世界だなんて、
戦争の時代に亡くなった世界中の諸先輩方から見たら、なんとも罰当たりで不謹慎なことでしょうね。

平和すぎる世界というのも、ひずみを生んでしまうのかしら。

  • URLをコピーしました!
目次
閉じる